平成9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20年度
|
|
Dr.久喜のページへもどる。 |
|
|
|
旧上 町 傘 鉾(道生傘鉾)現在の傘鉾は四代目。初代は傘鉾、二代目は山車、三代目から傘鉾、四代目は道生傘鉾として曳航している。 《初代傘鉾》 初代傘鉾は明治二十二年の創建。四輪登勾欄付の土台に一本柱を立て、それに下から一層の笠、万度、雲型石台、御幣と付き、高さ十メートルを越える立派な秩父型傘鉾であった。土台の四方には勾欄を廻し、お囃子は土台内部の囃子座で行った。この傘鉾は総体黒漆塗り金具打ち、土台には波に千鳥の極彩色腰支輪彫刻が付く。三枚の笠には緋羅紗の水引幕を吊り、造り花を放射状に垂らした。なお、土台部分は三代目の傘鉾まで引き継がれた。初代傘鉾は、大正三年の電線架設により曳行できなくなり、低い二代目山車に改造された。 《二代目山車》 大正三年の電線架設により曳行できなくなった初代傘鉾を改造。土台部分はそのまま使い、上に柳の木を立て、小野道風の人形をのせていた。人形をのせた山車は秩父地方では非常に珍しく、他には番場町の二代目山車や雨乞曳物など数例があるのみ。結局は、違和感が強すぎたらしく、数年で次の三代目傘鉾に代わっていった。人形などは残っていない。 《三代目傘鉾》 大正の中頃に、二代目山車を改造した傘鉾。土台は初代傘鉾以来のものをそのまま使い、一本柱を立て、それに下から一層の笠、万度、雲型石台、御幣と付けた小さな秩父型傘鉾。一層の笠には緋羅紗の水引幕を吊り、造り花を放射状に垂らしていた。その後、昭和八年に三枚の笠、万度、雲型石台を新調し短縮型ではあるが、三層傘鉾に復活した。一層の笠は筒状の軸木の上端に骨木が放射状に取り付き、下端から弧状の受木が出て骨木を支え、骨木の外縁には乳隠板が円形に廻り、垂木が放射状につく。 以上、作美陽一著 武蔵の祭車第一集 北武一より。 上町稲葉精司様のご厚意により掲載できました。心よりお礼申し上げます。 《四代目傘鉾》 平成九年に旧上町笠鉾傘鉾を譲り受ける組織として、道生傘鉾実行委員会が組織された。平成九年二月に旧上町傘鉾を譲り受けた。二月より六月まで、土台の新調、金具の再メッキ、高欄の漆塗りを行い、平成九年に道生傘鉾として蘇り、初回の運行を行った。 平成十七年には、安全曳航のため、1)車輪のお焼きバメを行う。2)車軸心棒の新調。3)傘の心棒受け木の補修。4)傘の内輪の補修 の4点を修理した。 詳しくは、平成17年度傘鉾曳航の記録をご覧下さい。 平成17年7月6日記載 文章の転用はご容赦下さい。久喜邦康 |